最近の配信は音声とブログを主に発信しています。
気軽に、ストレスなく発信できるのは今は音声配信が一番しっくりきているので、しばらくはこれで行こうかと思っています。
私の配信する内容は、毎日の出来事から何か感じたことや考えたことなのですが、実際アナリティクスを見ると政治的な内容の配信が一番再生してもらえているようなんですよね。
これって、他の配信者さんもそうらしくて、政治的なことを発信すると聞いてはもらえるけれどもアンチコメントも増えてしまうらしい。
私にもご丁寧にアンチコメントを書いてくださる方がいて、それを見つけた時には「あぁ再生数が伸びているんだな」と思うんです。
私も公開で配しているからには、相当キレている時以外は(あまりありませんが)丁寧な言葉とか、極端な批判などは避けているので、アンチコメントを書こうと思う人はあまりいないんじゃないかと思うんです。それでも分母が多くなると、自然と私の波動関数外の人にも届いてしまってコメント書きたくなっちゃう人が出てきてしまうのかもしれません。やっぱり人間は動物の生体的な集団というより、ハチとかアリとかの昆虫の生態(社会)形態に似ているのでしょうね。
アンチコメントも自分が不愉快に感じるのはなぜかとか、必要なことしか起きないとか、逆に考える必要はあるのかなど、知恵のもとになる考えを巡らすことで自分のためになっているなと考えてしまうのもありかと思います。
ドライブ中にラジオから聞こえてきたのが、救急車を設計してる?つくっているという人の話で、
「以前救急車を作る仕事をしていたが、救急車を見るたびに誰かが具合が悪かったり、命の危険がある時に出動しているんだよなと思ったら、あまり喜べなかった」みたいなコメントを読んでいて、ちょっとモヤっとしたんです。
救急車は人の命を助けるための車なわけで、それって基本的には良いことだし、その車を作っている事は悪いこと?悪いことしてるって感じてしまうのは、百歩譲っていいとして、なんでそう考えるかなって。
ラジヲで読まれるコメントとして、普通ではない逆張りのコメントとして書いてきたのかもしれないけれど、それにしてもアマノジャクですよね。
自分は人の不幸で飯食ってるみたいな言い方は、謙遜しているようで実はそんなことまで考えている私ってすごいでしょって、聞こえてしまうんですよ。
それって被害者ドラマしてるなって思います。
被害者ドラマをしている人って、自分がこんな可哀想なことになっているのはあなたのせいですよって、相手に罪悪感を抱かせることでエネルギーを奪っているんですよ。そしてそれを無自覚にやっているのがなんとも厄介。
そういうことをする人が身近にいると、付き合っていると疲れてしまいますよね。
なんにせよ、コントロールドラマと呼ばれるそれは、自分もやらない、配役されそうになってもそれにはに習いのが一番です。ここでも自分軸を試されますね。
お互いに相手に寄りかからずに、お互いが助け合える距離感で付き合うのが一難心地が良いように思います。
多様性と違いを認めること 〜理解ではなく「受け止める」ことの大切さ〜
私たちは日々、さまざまな人と関わりながら生きています。文化や価値観、人生経験が異なる人たちと接する中で、「多様性を認める」ことの重要性がよく語られます。しかし、他者の違いを本当に「理解する」ことは可能なのでしょうか? 今日は、「理解する」ことの限界と、「受け止める」ことの大切さについてお話ししたいと思います。
多様性を認めるということ
人はそれぞれ異なる環境で育ち、異なる経験をし、異なる価値観を持っています。世界を見渡せば、文化や言語、生活習慣などの違いは無限に存在します。そうした背景の違いを踏まえたとき、当然ながら「人はそれぞれ違う」ということが前提になるはずです。
この「違いを認める」という考え方は非常に重要です。自分と他者の感じ方や考え方が異なることを理解し、その違いを尊重することこそが、共存や調和の第一歩になります。
しかし、多くの人が「違いを認める」=「相手を理解すること」だと考えがちです。相手を理解しようと努力すること自体は決して悪いことではありません。むしろ自然な行動です。ただし、ここに大きな落とし穴があるのです。
理解しようとすると苦しくなる理由
私自身、「理解しようとすること」は必ずしも必要ではないと考えています。なぜなら、完全に他者を理解することはほぼ不可能だからです。
人はみな、異なる人生を歩み、異なる価値観や感じ方を持っています。それを100%理解しようとすると、「なんで理解できないんだろう」「なぜあの人はあんな行動を取るんだろう」と苦しくなってしまいます。理解できない自分を責めたり、逆に相手を責めたりすることもあるでしょう。
でも、そもそも他者を完全に理解することなどできるはずがないのです。「理解しよう」と無理に努力して苦しくなるくらいなら、「理解しなくていい」と思うことが大事です。
「理解するのは無理」と思うと冷たく聞こえるかもしれませんが、実はそうではありません。理解しなくても良いからこそ、もっと自然に相手と接することができるようになるのです。
「理解する」ではなく「受け止める」
では、理解できない他者とどうやって関係を築いていけば良いのでしょうか? その答えが「受け止める」という姿勢にあると思います。
「理解しよう」とするのではなく、「ああ、そういう考え方もあるのね」と受け止めるだけで良いのです。
- 自分とは違う考え方を知る
- 同意しなくても「そういう感じ方をする人もいる」と認める
- 「違う」という事実をそのまま受け入れる
これだけで、他者との関係がぐっと楽になります。「理解しなくていい」と思えば、無理に共感しようと頑張る必要もなく、相手に対して寛容になれるのです。
「理解する」のではなく「共感する」
ここで大切なのが、「理解」と「共感」は違うということです。
「理解」は「相手の思考や感情を自分のものとして理解しようとすること」
「共感」は「自分とは違うけれど、そう感じるのも自然だと認めること」
「わかる、わかる」と言うことは時に傲慢になりかねません。実際には自分が経験していない感覚を「わかる」と言うのは難しいからです。
でも、「ああ、そうなんだね」と受け止めることはできます。同意できなくても、「あなたはそう感じているんだね」と受け入れることはできるのです。これこそが「共感」だと思います。
「小さな袋」に分けて考える
他者の価値観や考え方をすべて自分の中に取り込む必要はありません。むしろ、個々の違いを「小さな袋」に分けて持っておけば良いのです。
- ある人はこう考える
- 別の人はこう感じる
- 自分はこう思う
これらを一つ一つ分けて、必要に応じてその袋を開いて確認すれば良いのです。無理に混ぜ合わせて「同じように理解しよう」としなくても良いのです。
「理解する」のではなく、「受け止める」。
「わかる」ではなく、「そうなのね」。
このシンプルなスタンスが、他者との関係をスムーズにし、結果的に自分自身も楽になるのではないでしょうか。
多様性を認めることは、「他者を理解する」ことではなく、「他者の違いを受け止める」ことにあると思います。理解できなくてもいい、わからなくてもいい。ただ「ああ、そうなのね」と受け止めるだけで、他者との関係は自然に良好になるでしょう。
「理解しよう」と無理に努力するのをやめ、「受け止める」姿勢を持つこと。これが、多様性を認めるための第一歩になるのではないでしょうか。
「あー、ほらあれとって」と、主人がよく言います。
私は(あれって何だよ!)と思いながら
「あれって何?」と聞き返します。
それでもあれだよ、あれ!と言いつづける夫。。
もう毎日がそんな感じで、私は優位特性 視覚タイプなので(あれ)では何だかわからないので具体的に何かと言って欲しいのに、感覚タイプの主人は(俺の中ではアレと言ったら〇〇なのに何でわからないんだよ!)と、彼は彼で私がツーカーでないことにイラついていました。
こういうことが毎日のように起こると、ちゃんと夫婦関係が悪くなって、以前はもう一緒にいられないと本気で考えることもありました。
でも今は、あれこれな主人の言い方は、彼の脳の利き感覚が私と違うからだとわかっているので、イライラするより(仕方がないなぁ付き合うか)な感覚で話すようになりました。解放された気分です。
これらのタイプを優位特性というのですが、自分と相手の脳の利き感覚が違うから、考え方や大事なものが違うので話が食い違ってしまってコミュニケーションがうまくいかないことがあります。これを知ってから、話がうまく伝わらなくても、相手を責めるようなことはなくなりました。逆に、相手のタイプに合わせて受け答えができるようになって、イライラも減りました。
このタイプ分析の講座を久しぶりに開きます。
これは営業のクロージングや、家族や友人とのコミュニケーション、子育てにも有効です。ぜひおいでください。
オンライン講座なので、お家で受講できます。
*開催日時
2023年3月8日(土)11:00〜13:00 残4席 ←クリックしてすぐにお申し込み
2023年3月17日(月)11:00〜13:00 残1席 ←クリックしてすぐにお申し込み
*参加費
8,500円(税込)
話が長くて、結論もオチもない人っていますよね。
私はついついそういう人と話をしていると
「で、何が言いたいの?」
と言いたくなってしまいます。
以前は言っていたかもしれません。
しかし、今は違います
話が長くて、結論もオチもない人は、脳の利き感覚が「聴覚タイプ」の人。
で、「何が言いたいの?」と思ってしまう私は「視覚タイプ」。
経過や手順よりも、結果に重きを置くタイプです。
これらのタイプを優位特性というのですが、自分と相手の脳の利き感覚が違うから、考え方や大事なものが違うので話が食い違ってしまってコミュニケーションがうまくいかないことがあります。これを知ってから、話がうまく伝わらなくても、相手を責めるようなことはなくなりました。逆に、相手のタイプに合わせて受け答えができるようになって、イライラも減りました。
このタイプ分析の講座を久しぶりに開きます。
これは営業のクロージングや、家族や友人とのコミュニケーション、子育てにも有効です。ぜひおいでください。
オンライン講座なので、お家で受講できます。
*開催日時
2023年3月8日(土)11:00〜13:00 残4席 ←クリックしてすぐにお申し込み
2023年3月17日(月)11:00〜13:00 残1席 ←クリックしてすぐにお申し込み
*参加費
8,500円(税込)
日曜日には兵庫県知事選挙が行われます。
メット上ではなかなかの盛り上がりで、関東では報道があまりされていませんが組織票と無党派の接戦になっているようです。
今回のことはマスコミの印象操作に踊らされた面があり、今の時代の情報の取捨選択の難しさを考えさせられました。
先知事が辞職ではなく失職を選んだことや、人事局長がなぜ氏を選ぶほど追い詰められたのかなど、不自然なことはあって、その違和感を信じることが大事だったのだと考えさせられました。
やっぱり直感は大事です。
今回の動画は
元兵庫県知事斎藤氏の鋼のメンタルは、どうして作られたのか?
について語りました、
ただいま絶賛報道中の「おねだり知事」の百条委員会のやりとりを見て、気づいたことをお話しします。
そもそも私はパワハラも、視察先でお土産を要求するのも公僕である知事のすることか?との疑問もありますが、それよりも「公益通報」がしっかりと機能しなかったことの方が問題ではないかと思っています。
知事の言動が度をこしていて、周りの役職の人たちが仕事の不透明感や、やりにくさを抱えていていたための内部告発だったわけです。その人が自死を決意するにいったことは如何ともしがたく、これをこのままにしては公正さを保つことの意味すら有耶無耶にされてしまいかねません。
百条委員会ではそこのところをもっと突っ込んではっきりさせていただきたいと思っています。
それとは別に、あの知事の受け答えからなんとメンタルが強い火地なんだろうかとの印象を受けました。彼がしたことややっていることは置いていいたとして、あのねっbタルのタフぶりは「メンタルタフネス」を超えた「メンタルモンスター」と言われても仕方がないかもしれません。
そもそも思いやりや気配りができる人こそ、周りのことを気遣うあまり考えすぎて他人軸になりがちで、だからこそ不安をかき集めてしまって心が病みがちであることは否めません。
そんなおり、彼のように事実と感情を切り分けることで自分の心を守ることもある意味防御としてはありなのかもしれません。周りに鈍感であること。つまり「鈍感力」を持つということです。
そして苦しみや不安を忘れる力「忘却力」これも毎日を過ごす中で、未来を今として生きなければならない私たちには、必要なものです。
不安や悲しみはうまくいかなかった記憶に紐づく感情で、それがあるから危険から自分を守ることができると言えます。しかし、そればかり気にしすぎていると前に進むことができなくなることもあり、停滞を招きます。進化していくことができなくなってしまうかもしれないのです、そんな時に忘れる時ことは必要な機能です。
「鈍感であること」も「忘れること」も、一見悪い事、弱みに見えますが、これらも必要だからある機能であり、使っていくことでタフに萎えたり、進化できたりするのかもしれません。これも思いかえです。
「メンタルモンスター」になってしまうと、自分勝手で守ることが攻撃に変化することしらあります。こうなってはいけないのですが「タフ」であることは自分に多くの耐性をつけ、より良い道を選択して集中力でそれを成し遂げることができるかもしれません。
自分軸のある「メンタルタフネス」を身につけてくださいね。
私たちの日常生活の中で、どうしても見過ごされがちな「五感」の重要性に目を向けてみましょう。日々の忙しさやストレスに押しつぶされそうになると、どうしても頭の中で悩みが大きくなり、周りの世界が見えなくなってしまうことがあります。そんな時こそ、五感を使って自分でストレスをコントロールしてみましょう。
五感とは何か?
まずは五感について考えてみましょう。
五感とは、「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の5つの感覚のことを指します。これらの感覚は、私たちが日常生活を送る上で欠かせないものであり、それぞれが私たちの脳に重要な情報を届けています。
普段は、特に視覚や聴覚が優先的に使われます。見ること、聞くことから最も多くの情報を得ているからです。しかし、それ以外の触覚・嗅覚・味覚は、主な情報(視覚・聴覚)に付随する情報として、私たちの脳の中でのネットワークの隙間や曖昧さの追加情報として使われています。それらが私たちの経験値から得られて直感を後押ししていると考えられるのです。情報量としては少ないかもしれませんが間違いなく必要で、それらを無視することは完成を蔑ろにすることのほかなりません。
五感を活用してストレスを緩和する方法
1. 触覚を意識する
触覚を活用する方法としては、例えばマッサージがあります。人の手で触れられることにより、手の温度や圧力を感じることで、触覚が刺激されます。この感覚に意識を集中することで、リラックス効果が得られるのです。また、眠るときのシーツや枕の肌触りも感触を楽しむことも効果的です。寝る前に、柔らかさや冷たさなど、触感に集中してみてください。
2. 嗅覚を取り入れる
嗅覚も私たちの感情や記憶に深く結びついています。お気に入りの香りを使ったアロマテラピーや、お気に入りの場所の香りを思い出すことで、心が安らぐことがあります。特に疲れた時には、リラックスできる香りを取り入れてみると良いでしょう。
3. 味覚を楽しむ
味覚は、五感の中でも特に複雑で感覚が豊かです。食事をゆっくりと楽しむことで、味覚をフルに活用することができます。食べ物の舌触りや味、香りに集中し、じっくりと味わうことで、心身共にリフレッシュできるでしょう。
五感と記憶の結びつき
五感は、私たちの記憶とも密接に関わっています。例えば、特定の匂いが昔の出来事や人物を思い出させることがあります。これは、五感が記憶と深く結びついている証拠です。五感を通じて過去の良い記憶を呼び起こすことで、現在の自分を癒すこともあるかもしれません。
五感を活用することで、日常生活の中で感じるストレスを緩和し、心地よい時間を過ごすことができます。視覚や聴覚に頼りがちな日常ですが、時には触覚、嗅覚、味覚に意識を向け、自分自身を癒す時間を大切にしてください。それが、ストレスを解消し、心身共に健やかな毎日を送るための鍵となるでしょう。
以上、五感を通じて自分を癒す方法についてお話ししました。皆さんもぜひ、日々の生活の中で五感を意識してみてください。
今日はなぜ自分の気持ちが相手に伝わらないのかというお話しです。
私たちはしばしばコミュニケーションを取り、話を聞いたり、相談に乗ったりします。その際に「こうしたほうがいい」「ああしたほうがいい」といったアドバイスをすることがありますよね。しかし、その気持ちや本意が相手にうまく伝わらないことがあります。その原因について考えてみたいと思います。
まず、私たちが他人に対して自分の気持ちを伝えようとする時、何が大事かというと「私の気持ち」が非常に重要です。多くの人が自分の感情や気持ちを誤解している場合が多いのです
。例えば、夫がうつ病を患っている場合を考えてみましょう。夫に対して「病院に行って治療を受けてほしい」と思うのは、心配しているからです。しかし、その心配の気持ちがうまく伝わらないことがあります。それはなぜか。
「どうして心配なのか」がわかっていないからです。
多くの場合、私たちは「あなたのために」と言って理屈や論理で相手を説得しようとします。しかし、人は必ずしも理屈や論理だけでは動かされません。特に、うつ病のような心の病気の場合、本人には病院に行くこと自体が大きなハードルとなることがあります。病院に行くことのコストや待ち時間、精神科に通うことへの抵抗感など、さまざまな理由があるのです。
このような場合、重要なのは相手に自分の気持ち、つまり「心配しているから」「大切に思っているから」という感情をきちんと伝えることです。「病院に行ってほしい、なぜならあなたのことが心配で大切だから」ということを伝えることで、相手もその気持ちを受け取りやすくな流のでは無いでしょうか。
感情や気持ちは振動するものです。私たちの心や感情は、素粒子のように震え、周囲に影響を与えます。この振動をしっかりと相手に伝えるためには、言葉や行動を通じて具体的に表現することが必要です。口に出して、具体的に「あなたのことが大切だから心配している」と伝えることで、相手にその震えが伝わります。
こんにちは、皆さん。
今日は「直感を信じるって難しいよね」というお話をしたいと思います。
つい先日、我が家のドライヤーが壊れました。その日の夜は、髪の毛を乾かすことができず、サーキュレーターでなんとか生乾き状態にするという困った状況になりました。
実は、ドライヤーが壊れそうだな、怪しいな、と思ったのは2日前の夜だったのです。「なんだか嫌な予感」これって直感だったのかもしれません。いつもと違う音や風かなんとなく弱い感じ??その違和感から、もしかしたら壊れるかもしれないと感じました。
皆さんもこんな経験、ありませんか?「これ壊れそうだな」と思ったら本当に壊れてしまったり、なくなってしまったりすること。これは、目に見える形ではないものの、いつもと違う何かを感じ取り、それが壊れる兆しとなっていることがあるのです。私もその時、直感を信じて新しいドライヤーを用意しておけばよかったのですが、流してしまったんですよね。「まだ大丈夫だろう」と思ってしまったのです。
これは、直感を信じる難しさを表しています。感じ取った違和感を無視してしまい、結果的に困った状況になることがあります。私も過去に何度か同じような経験をしており、そのたびに「次は直感を信じよう」と思うのですが、なかなかうまくいかないものです。
直感というのは、ただのスピリチュアルなものではありません。私たちが体験し、経験したことから得られる知恵の積み重ねなのです。その直感を信じきれなかったということは、今までの経験や知恵をうまく活かせていなかったということになります。直感は、経験の高濃度から生まれるものなので、それを信じて行動することが大切なのです。
もちろん、直感を100%信じるのも危険です。勘違いすることもありますからね。そのため、直感を信じることと疑うことのバランスが重要です。しかし、直感を鍛えていくことは、考える時間を短縮し、失敗を避ける手助けになります。
皆さんもご自身の直感をどこまで信じ切れるか考えてみてください。直感を信じて動くことは難しいかもしれませんが、大切なことだと思うのです。
ところで、今日は雨が降っています。前足を持っている方は気圧の変化で辛いかもしれません。お大事にしてくださいね。お薬をしっかり飲んで、治療に努めましょう。
それでは、本日は以上です。また次回お会いしましょう。